Ansysは、シミュレーションエンジニアリングソフトウェアを学生に無償で提供することで、未来を拓く学生たちの助けとなることを目指しています。
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ストックカーレースの世界では、1人のドライバーの戦術が、予期せず他のドライバーをコースアウトさせてしまうこともあります。10月にタラデガスーパースピードウェイで行われたレースで、Alex Bowman選手による強引な追突によってRyan Blaney選手がステージ終盤でクラッシュしたのも、まさにそのような状況でした。
この追突により、Blaney選手の車両は回転しながらSAFER(Steel And Foam Energy Reduction: スチールおよび発泡体の衝撃エネルギー低減対策)バリアにぶつかり、2024年のタイトル獲得が危うくなりました。NASCARのレーシングカーは、平均で時速190~200マイルに達しますが、コース全周を取り囲むSAFERバリアのおかげで、Blaney選手は無傷でコースから離れることができました。
Blaney選手は単に運が良かったのか、最新のエンジニアリング技術によるものか、それともその両方なのでしょうか。この事例を含め、SAFERバリア(「ソフトウォール」とも呼ばれる)が決定的な役割を果たした事例が数多くあります。
SAFERバリアは、8インチ角のスチール製の構造チューブを垂直方向に積み重ねて溶接し、長さ20フィート以上、高さ40インチのモジュールを形成することで構築されます。それらを内部スチールスプライスを用いて結合し、連続する壁を形成します。SAFERバリアは、通常はコンクリート壁の前に配置します。さらに、保持ストラップを使用して、SAFERバリアとその後ろのコンクリート壁の間を固定します。そして、衝撃エネルギーを吸収して減少させるために、コンクリート壁とSAFERバリアの間に台形の発泡体ブロックを配置します。
先日、NASCARの安全担当バイスプレジデントであるJohn Patalak氏に、お話を伺う機会がありました。Patalak氏のチームは、非線形構造ダイナミクスシミュレーションソフトウェアであるLS-DYNAを導入して、SAFERバリアモジュールの配置を最適化し、コース固有の構成にあわせて車両の加速度を低減させています。また、LS-DYNAを使用して、特定のコース上での衝突を再現してドライバーが負傷する可能性を特定し、その知識を応用してレースコースのリスクを低減することも目指しています。
John Patalak氏: コース上でのレーシングカー同士の軽い接触は、常に発生しています。通常は接触した車両はピットロードに入り、新しいタイヤに交換してレースに戻りますが、ピットロード自体に入らずレースを継続することもあります。こうした軽い接触は怪我に発展することがないため、大きな問題にはなりません。データレコーダーではトリガーしきい値が設定されているため、そうした軽い接触はデータセットから除外しています。
John Patalak氏(NASCAR、安全担当バイスプレジデント)
数年前に、車両に搭載されていたブラックボックスのデータに基づいて統計的研究を行いました。約10年分のデータを収集して、さまざまなレースシリーズで発生した衝突と見なされる接触イベントの回数を把握しました。公平を期すために、レース1マイルあたりの衝突回数をベースにしました。なぜなら、レースイベントごとに、走行距離が250マイルや600マイルと異なるからです。さらに、コースのフォーマットや構成など、その他の事項も考慮しました。
収集したデータから、この調査期間にNASCARに参加したドライバーは、一般公道で走行した場合よりも、1マイルあたりで134倍もの衝突を経験したことが判明しました。しかし、1回の衝突あたりの怪我の回数は、9倍以上少なかったこともわかりました。つまり、NASCARのレースを走るドライバー達は、公道で走るドライバーよりも頻繁に衝突を経験したものの、衝突による負傷の回数は大幅に少ないことになります。
非線形構造ダイナミクスシミュレーションソフトウェアであるLS-DYNAを使用して、SAFER(スチールおよび発泡体の衝撃エネルギー低減対策)バリアに130mphで衝突するレーシングカーのビデオ。
Patalak氏: SAFERバリアは、NASCARの複合的な安全戦略に不可欠なものです。この安全戦略には、衝突データを取得するためのブラックボックス、フルフェイスヘルメット、頭部前傾抑制(HANS: Head And Neck Support)装置、改良されたシートベルトやシートなどのドライバー拘束装置、そして衝突安全性に優れた車両設計も含まれています。SAFERバリアは、コースを取り囲む壁に衝突した際の車両衝撃を軽減するという重要な役割を担います。
SAFERバリアシステムは、IndyCarとNASCARからの資金提供を含む支援を受けて、ネブラスカ大学リンカーン校(UNL)のMidwest Roadside Safety Facility(MwRSF)で開発されました。車両の質量と壁に衝突する速度に合わせてSAFERバリアを最適化または調整するために、LS-DYNAが導入されました。開発当初から現在までLS-DYNAを使用していますが、今後も全体的な設計の改善点を見つけ出すために活用し続ける予定です。
Patalak氏: 時速150マイルで壁に近づくレーシングカーを例にして考えてみましょう。壁がコンクリート製であろうとSAFERバリアであろうと、その速度は同じです。車両は、壁にぶつかると減速し始めます。車両が壁から離れると、車両速度は変化します。たとえば、時速100マイルに変化します。コンクリート壁またはSAFERバリアのどちらと衝突しても、車両は同じ量、この例では時速50マイル分が変化しました。
ただし、SAFERバリアの場合は、衝突時の車両と同じように、バリア自体も衝突時に変位することで効果が発揮されます。どちらの場合も、速度変化が発生する時間を長くするために導入するものですが、SAFERバリアの場合は、変位しないコンクリート壁に衝突した場合よりも、長い時間をかけて時速50マイルの変化が発生していることになります。衝突時の車両の加速度は、ドライバーの身体にかかる力に直接影響します。SAFERバリアでは、衝突の速度変化が起こる時間が長くなることで、車両とドライバーの両方が受けるピーク加速度を低減するのに大きな効果を発揮します。加速度が低いほど、ドライバーの身体にかかる力は弱くなります。
Patalak氏: 私たちは、LS-DYNAを使用して、SAFERバリアの設計とレースコースへの実装方法を調査しました。時には、他のレースシリーズがコースを利用することもあります。他のレースシリーズの車両は、NASCARのレース車両よりもはるかに軽量であったり、より高速で走行することもあります。そのため、SAFERバリアへの衝突条件は、NASCARの場合と大きく異なります。
昨年、壁を軟化させ、できる限り変位を増加させるために、LS-DYNAを使用して、さまざまな走行速度で、多様なバリエーションの衝突角度を調査しました。シーズンのオープニングイベントの1つであるNASCAR Busch Light Clash at the Coliseumで、Elemance社とUNL MwRSFと協力しながら、この解析を初めて実行しました。
短いコースのため、走行速度も比較的遅いレースコースです。このコースでの衝突角度を解析することで、SAFERバリア内の発泡体ブロックを1つおきに除去することができ、高価な実機試験を行わずに、SAFERバリアを最適化することができました。
実際に設置されたSAFERバリアの様子。資料提供: Getty Images
Patalak氏: 取得したシミュレーションデータを見て、信頼できるソフトウェアであると確信しました。LS-DYNAがあれば、発泡体ブロックの数を半減したときのように、従来はコストがかかる実機試験が必要であった他の問題についても解析できるようになります。LS-DYNAを導入していなければ、何が見つかるのか、プロジェクトに価値があるのかさえわからないため、コストの観点から正当化できる試験であるかも判断が難しかったと思います。しかし、シミュレーション環境であれば、この評価をはるかに少ないコストで実行できます。
LS-DYNAを使用することで、重要な要素や優れたバリア設計に必要なものを理解し、調査して、確認できるようになります。シミュレーション結果を検証して妥当性を確認するために、実機による衝突試験を併せて実施しているケースもありますが、十分な信頼度があるため、プロジェクトによっては実機による試験を実行しないこともあります。たとえば、昨年に実施したLos Angeles Memorial Coliseumのプロジェクトでは、物理的なテストを行わずに発泡体ブロックの間隔を変更できました。
Patalak氏: 通常は、人体モデルから始めます。多くの場合、ドライバーはマウスピース型センサーを装着しており、頭部の加速度と回転速度が記録されています。私たちは、ウェイクフォレスト大学のCenter for Injury Biomechanicsと同大学医学部(Wake Forest University School of Medicine)のバイオメディカルエンジニアリンググループと協力して、コースを走行しているドライバーの頭部運動を捕捉するためのマウスピース型センサーを開発しました。このセンサーからの出力データを確認し、人体モデルを利用して、経験的データが示すのと同じものが予測されていることを確認します。
データとの密接な一致が確認されると、ヘルメットの適合、ヘルメットの材料、シートの剛性、頭部と首の拘束テザーの長さなどの調整を開始します。さらに、これまで得た知識や経験、そして物理法則を用いて、設計に関する複数の課題を解決していきます。たとえば、「頭部の発泡材の剛性を変更した場合に、ドライバーが頭部で受ける加速度を減らすことができるか」といった課題です。
さまざまな反復計算を実行して、調査します。こうした作業はすべて、仮想モデリング環境で行われます。設計にメリットがある変更点や反復が見つかった場合は、経験的な妥当性確認を実行してから、拘束装置に変更点を適用または実装します。
Ansys LS-DYNAを導入したことで、NASCARはさまざまなSAFERバリアの設計を検証できるようになった。
Patalak氏: 初めてSAFERバリアをレースコースに実装したときから、約20年が経ちました。SAFERバリアは、これまでに携わったモータースポーツの安全性を向上させる多くのテクノロジーのうち、ベスト5に入ります。SAFERバリア開発の責任者であったネブラスカ大学のDean Sicking博士は、その功績が認められ、今年2月にNASCARの殿堂入りを果たします。
SAFERバリアは、まさに画期的な技術です。SAFERバリアは、コンクリート壁と比較して、車両が受けるピーク加速度値を30~80%削減します。これは非常に大幅な改善です。LS-DYNAも年々改良され、ますます精度も高くなっています。LS-DYNAを活用することで、将来的にはあと5%程度は削減できるのではないかと期待しています。
インタビューにご協力いただいたJohn Patalak氏に感謝を申し上げます。詳細については、Ansysのブログをご覧ください。NASCARがLS-DYNAで人体モデルを使用して、レース時の負傷を大幅に減らす様子について詳しく説明しています。
Ansys Advantageブログでは、専門家が投稿した記事を公開しています。Ansysのシミュレーションが未来のテクノロジーにつながるイノベーションをどのように推進しているかについて最新の情報をご覧ください。