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Ansysブログ

December 25, 2021

シミュレーションによるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の設計

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の運用開始が成功したことで、NASAは2021年12月25日に宇宙に関する私たちの理解を変えるミッションを開始しました。NASAのハッブル宇宙望遠鏡は、数十年にわたって遠方の銀河、星雲、星々の壮大な画像を撮影してきましたが、現在では、JWSTが宇宙に関する私たちの理解を大きく発展させると期待されています。ハッブル宇宙望遠鏡の6倍の光と、より長い画像波長を捉えることができる主鏡を持つJWSTにより、科学者は宇宙の形成初期まで時間を遡って観測できるようになります。

渦巻き銀河NGC 2336

図1.渦巻き銀河NGC 2336。画像提供: ESA/ハッブルおよびNASA、V. Antoniou氏、謝辞:Judy Schmidt氏(Hubble Image Gallery)

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の設計要件

JWSTが宇宙に行くだけでなく、今まで誰も見たことのないものを観測するには、先端技術が必要ですが、この望遠鏡には、マイナス240℃近くの極寒に耐えられるように設計された史上最大かつ最も精密な光学機器が組み込まれています。 

ハッブル(左)とNASAのJWST(右)の主鏡の比較

図2.ハッブル(左)とNASAのJWST(右)の主鏡の比較

エンジニアは、以下のことが可能な構造を作る必要がありました。

  • 永遠に続く太陽放射の中で動作
  • テニスコートほどの大きさの構造物を折り畳んでロケットに収容
  • 地球から100万マイル以上離れた宇宙空間を飛行
  • 複雑で機械的に組織化されたバレエのような動きで多数の機構を遠隔操作で展開

シンプルですね。 

しかし、これらの繊細な動作のいずれかが失敗していたら、ミッションも失敗に終わっていたでしょう。344個の「単一障害点」があるJWSTは、史上最もリスクの高いミッションの1つでした。

地球から約100万マイル(150万km)離れたJWSTの軌道を示すNASAの画像

図3.地球から約100万マイル(150万km)離れたJWSTの軌道を示すNASAの画像

エンジニアリングシミュレーションの活用拡大によってリスクを軽減

JWSTは大きすぎるため、すべてを直接テストすることはできません。それに加えて、地上でのテストは宇宙でのテストと同じではないため、エンジニアはこの望遠鏡が運用環境でどのように動作するかをシミュレーションしました。JWSTの設計および製造を担当した元請け業者はNorthrop Grumman社であり、そのプロセスにおいてはシミュレーションが重要な役割を果たしました。Northrop Grumman Space Systems社のJWST担当バイスプレジデントであるScott Willoughby氏は、次のように述べています。「それを設計して製作するだけでなく、それを再現するコンピュータモデルも設計するのです。」Ansysは、エンジニアリングシミュレーションツールの世界的なリーディングプロバイダーとして、このミッションをサポートしていることを誇りに思っています。

DRM、軌道決定、SRP

エンジニアは、Ansysの子会社であるAGIが提供するSTK(Systems Tool Kit)Astrogator機能を使用して、複雑な設計リファレンスミッション(DRM)を策定しました。DRMでは、到達に成功したラグランジュ点(L2)軌道における複雑な重力摂動を考慮して、軌道保持要件を推定します。また、AGIの軌道決定ツールキット(ODTK: Orbit Determination Tool Kit)を使用して、運用軌道決定を行う予定です。JWSTに配置された大型太陽シールド上の太陽からの光の圧力をモデル化するために、ODTKのカスタム太陽輻射圧(SRP: Solar Radiation Pressure)プラグインポイントを使用して、独自のモデルをODTKの高度な推定アルゴリズムに挿入しました。 

鏡のポインティング

エンジニアは、構造物の固有振動周波数を考慮した上で鏡の正確なポインティングを行うための解決策を特定するために、Ansys Mechanicalシミュレーションを利用しました。Ansys Mechanicalでは、複数の鏡セグメントを1枚の鏡として機能させることによる効果を確認することもできました。これらの鏡セグメントは、単一鏡と同じように擾乱に対応することができます。 

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の鏡セグメント間の詳細な接続のシミュレーション

図5.セグメント間の詳細な接続のシミュレーション

鏡のアラインメント 

Ansys Zemaxでは、JWSTの多数の各金メッキ鏡セグメントの複雑な光学特性をシミュレーションしました。JWSTの主鏡は、六角形の鏡セグメント18枚で構成されており、これらのセグメントが1枚の鏡として機能し、その表面は100ナノメートル以下の平坦性を実現しています。エンジニアはZemaxを使用し、最初のセグメントサーチから最後の細かい位相調整までのアライメントプロセスの全ステップを設計し、テストしました(「宇宙望遠鏡の開発で高みを目指す」を参照)。

また、スペクトルを解析してセグメント間のピストン誤差(他のセグメントよりもはるかに前方または後方にあるセグメント)を修正する独自の「粗いフェージング」ステップも設計しました。Zemaxモデルは、アライメントの最終チェックを行うマルチフィールドステップを設計する際にも使用されました。この望遠鏡の7分の1の大きさの物理的なテストベッドを製作したエンジニアは、Zemaxを用いて各アライメントステップをシミュレーションしてから、実際のハードウェアでアライメントを行いました。次に、フライトモデルを使用し、このテストベッド望遠鏡から得られた結果を、軌道上で実際に発生するアライメント状況に反映させました。Zemaxのフライトモデルでは、アライメントプロセスの各ステップで最も起こり得る主鏡の状態を予測できる統計モデルを作成して、セグメントアクチュエータの設計を進めるとともに、他の搭載機器が有益な情報を受信するタイミングを予測することもできました。 

Ansys Zemax OpticStudioでのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡モデル

図6.Ansys Zemax OpticStudioにおけるJWST望遠鏡モデル

主鏡位置のピストン誤差を含んだジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡のシミュレーション波面図と、主鏡アライメント後の波面図

図7.主鏡位置のピストン誤差を含んだJWST主鏡のシミュレーション波面図と、主鏡アライメント後の波面図

この望遠鏡の開発に際しては、JWSTの大きさ、地上でのテスト時の重力、JWSTの受動的な冷却システムのために、あらゆる種類のシミュレーションが精度の限界に達していたため、地上でのテストで直接テストできるシミュレーションの一部を検証してから、その検証したモデルによって、軌道上でのJWSTの挙動を予測しました。さまざまなモデルの最終的な検証は、JWSTからのデータで行うことになります。未来の技術を設計しているユーザーを持つAnsysは、宇宙を理解するという素晴らしいミッションに取り組んでいるJWSTチームが成功を収めることを祈っています。