Skip to Main Content

      

Ansysブログ

October 9, 2023

シミュレーションを使用して水素の採用を加速

水素は、現在進行中のエネルギー移行を加速させ、いくつかの国で掲げられた脱炭素化の目標を達成する、よりクリーンなテクノロジーの重要な要素です。水素は、統合されたエネルギーシステムのエネルギー貯蔵媒体として、さらにはモビリティ、重工業(鉄鋼、化学、セメントなど)、航空、海運、その他の業界のよりクリーンな燃料として、世界規模の脱炭素ミッションで二重の役割を果たします。

水素経済の全体的な焦点は、水素の生産、貯蔵、輸送、利用(または消費)を含む水素バリューチェーン全体に向けられていますが、利用に関する部分が水素エコシステム全体に影響を与えるため、短期的にはそれを理解することが重要です。International Energy Agency(IEA)が発表した『Global Hydrogen Review』1によると、2021年の需要水素量は約9,400万トンでした。水素は、燃料電池、ガスタービンエンジン、内燃機関で直接使用され、炉ではカーボンニュートラルな燃料として、あるいは貯蔵に適した誘導体を生産するための原料として使用されます。これらの誘導体としては、特定の産業用途や輸送用途で使用されるアンモニア、メタノール、または持続可能な航空燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)があります。

水素を燃料として使用する上での重要な課題に対処するために、ここでは水素の燃焼特性について説明します。 

燃焼の排出量、安定性、効率の最適化が不可欠です。

図1: 燃焼の排出量、安定性、効率の最適化が不可欠です。

燃焼プロセスの最適化とは、効率、排出量、安定性という3つの重要な指標のバランスをとることです。燃焼プロセスでより高い温度を達成することは、効率と安定性の観点からはメリットになりますが、排出量(主に一酸化窒素(NOx))と金属保護の点では問題となります。それに対して、より低い燃焼温度を達成することは、排出量や周囲の金属の保護の観点ではメリットになるものの、燃焼プロセスの効率が低下し、燃焼が不安定になります。したがって、燃焼器の設計では、燃焼の効率、排出量、安定性のバランスをとることが重要となります。これらのパラメータは、燃料の特性(火炎速度、燃焼の可燃限界、特定の燃料の着火に必要なエネルギーなど)にも依存します。

燃料としての水素の特性は次のとおりです。

  • 一般的な炭化水素に比べて、火炎速度は8倍高くなります。
  • 空気中での可燃限界は、体積比で4~70%と炭化水素よりも範囲が広くなります。
  • 必要な着火エネルギーは、炭化水素の1/15です。

これら3つの水素特性により、燃焼の効率と安定性の向上を実現できます。また、水素の燃焼には炭素分子が存在しないため、カーボンニュートラルな排出という点でも優れています。しかし、「ノーフリーランチ定理」でも言われるように、万能な方法はありません。水素の高い火炎速度と広い可燃限界は、フラッシュバックや安全性に関する他の重要な問題につながります。水素の高い火炎温度は、NOxや金属保護の面で課題をもたらします。ルイス数が小さいことで水素の拡散の違いが大きくなるという代表的な特性も、燃焼の不安定性に関する大きな懸念事項です。この拡散の違いにより、局所的な等量比が変化し、結果として火炎前面に沿って反応速度が変化します。そのため、よりクリーンな燃料として水素を大規模に採用できるかは、フラッシュバック、NOx排出量、燃焼の不安定性に関連する問題にどれほど迅速に対応できるかによります。

水素燃焼を理解するためのシミュレーションの役割

数値流体力学(CFD)シミュレーションは、よりクリーンな燃料として水素の採用を促進するための、純粋な水素や水素混合燃料の燃焼に関する進行中の研究にとって不可欠です。シミュレーションは、さまざまな動作条件(動作圧力、流量、安定化メカニズム、バーナーの形状バリエーション)での火炎の特性やダイナミクス、さまざまな混合比、その他の要素を理解する上で役立ちます。これらの知見は、水素の燃焼における火炎のフラッシュバック、NOx、燃焼の不安定性の課題を解決するのに役立ちます。

シミュレーション結果の信頼性の向上

シミュレーションは、水素燃焼に関連する問題を軽減するのに役立ちますが、シミュレーションを使用して予測した結果の精度は、燃焼モデル、反応メカニズム、火炎領域のメッシュ解像度、解析手法とアプローチ、そして他のいくつかの要因に依存します。これらの要因は、異なる組成、安定化メカニズム、火炎特性を持つ、さまざまな火炎について解析し、検証する必要があります。Ansysは、クイックリファレンスガイドとして簡単に利用できる一連の検証ケースの開発に積極的に取り組んでいます。

ここでは、実際の水素燃焼システムで確認された振る舞いのサブセットを表す8種類の火炎について説明します。

  1. SMH1火炎: 旋回安定化の解析
  2. HM3e火炎: ブローアウトの解析
  3. Cabraの水素浮き上がり火炎: ブローアウトの解析
  4. SimVal火炎: フラッシュバックの解析
  5. TUBerlin火炎: フラッシュバックの解析
  6. DLR Jet in Cross-flow火炎: 火炎安定化の解析
  7. KAUSTアンモニア火炎: 火炎安定化の解析
  8. HYLON火炎: 火炎安定化の解析
SMH1バーナー

SMH1バーナー

TUBerlin火炎

TUBerlin火炎

HM3eバーナー

HM3eバーナー

DLR JICF火炎

DLR JICF火炎

Cabra H2火炎

Cabra H2火炎

KAUST NH3火炎

KAUST NH3火炎

SimVal火炎

SimVal火炎

HYLON火炎

HYLON火炎

図2: 各種の水素/水素混合火炎


SMH1バーナー

旋回安定化火炎は、ガスタービン業界で幅広い用途に対応するために、広く研究されています。シドニー実験データベースの旋回安定化火炎であるSMH12により、CFDシミュレーションと比較できる火炎特性に関する豊富なテストデータが提供されます。SMH1火炎の中心には、体積比1:1のメタン(CH4)と水素(H2)の燃料噴流があり、ブラッフボディに囲まれています。空気旋回流は、ブラッフボディの外側の円環から導入されます。火炎は、急速な空気の巻き込みを利用して、大きく伸長された安定状態で発生させます。図3に示すように、この火炎のブラッフボディ(その形状により、周囲の流れが分離するボディ)付近の再循環ゾーン、ネッキングゾーン、および噴流状ゾーンを持つ火炎構造の比較は、Ansys Fluentを使用して適切に予測できます。

図4: SMH1火炎の温度場のアニメーション

図3: 異なる軸平面におけるSMH1火炎の半径方向の温度プロファイル

図3: 異なる軸平面におけるSMH1火炎の半径方向の温度プロファイル


HM3eバーナー

ブラッフボディ安定化火炎も、多くの工業用途との類似性により広く研究されています。これらは単純で明確に定義された境界条件を維持しながら、実用的な燃焼器に関連するいくつかの複雑な問題を含むため、乱流と化学反応の相互作用の解析に理想的です。ブラッフボディ安定化型のHM3e2バーナーは、体積比1:1のCH4およびH2を燃料流として利用しており、その解析はFluentで実行されます。燃料噴流速度は、完全な火炎ブローアウトが発生する速度の90%です。その結果、強い有限速度化学効果に関連する極めて局所的な失火事象が発生します。図5に、解析結果を示します。混合が強くなるにつれて(x > 13mm)、大規模な渦崩壊により火炎が失火することがプロットから確認できます。定性的および定量的に、実験との全体的な一致が見られます。 

図6: HM3e火炎の温度場のアニメーション

  

異なる軸平面におけるHM3e火炎の半径方向の温度プロファイル

図5: 異なる軸平面におけるHM3e火炎の半径方向の温度プロファイル


Cabra H2火炎

図7: Cabraの水素浮き上がり火炎の並行流温度に対する火炎浮き上がりの感度のアニメーション

Cabra火炎の形態は、燃焼器でよく見られる再循環領域の複雑さを取り除き、乱流混合と化学反応速度のカップリングを解析する方法を提供します。既燃ガスの並行流環境における乱流浮き上がり水素/窒素(H2/N2)噴流火炎は、Fluent3で解析されています。高温な既燃ガス(H2/空気)の並行流により、主な安定化メカニズムは自己着火と、それに続く予混合火炎です。図7の結果に示すように、Fluentでは、シミュレーションされたすべてのテスト点について、並行流の温度変化を伴う火炎浮き上がり長さの変化を正しく捉えています。

異なる並行流温度でのCabraの水素浮き上がり火炎の火炎浮き上がり距離

図8: 異なる並行流温度でのCabraの水素浮き上がり火炎の火炎浮き上がり距離


SimVal火炎

H2/H2混合の燃焼には、火炎の安定化に加えて、火炎フラッシュバックの解析が不可欠です。フラッシュバックには、境界層のフラッシュバック、燃焼による渦崩壊、流れの乱流、等量比の変動など、いくつかのメカニズムがあります。フラッシュバックを予測するには、極めて過渡的な化学現象と、化学反応に対する熱の影響を正確にモデリングする必要があります。National Energy Technology Laboratoryの旋回安定化燃焼器(SimVal)の構成を使用して、Fluent4でのフラッシュバックの予測可能性が評価されます。図9に、この解析結果を示します。等量比0.6の予混合旋回空気/燃料システムでは、さまざまな種類のCH4およびH2混合物がテストされています。シミュレーションでは、フラッシュバックの開始を引き起こす、CH4-H2混合物の正確な組成を予測できます。 

図9: CH4:H2(体積比)の混合比を用いた火炎フラッシュバックのアニメーション


TUBerlin火炎

ベルリン大学(TUBerlin)では、渦の分裂に影響を与え、その結果としてフラッシュバックを防止する、軸流噴射を使用した純粋な水素の予混合旋回安定化火炎の形態が広くテストされています。火炎の位置と特性を予測し、結果をテストデータと比較するために、シミュレーション5が実行されています。図10に、結果を示します。Fluentを使用してシミュレーションした流れの構造と火炎領域は、テスト結果とよく一致しています。

図10: TUBerlin火炎の火炎形状のアニメーション


DLR JICF

Jet in Cross-flow(JICF)は、フラッシュバックを回避し、水素燃焼をより適切に制御できることで、広く研究されている火炎形態の1つです。Fluentでは、噴流内のH2濃度の関数としての火炎構造の予測可能性を理解するために、15バールおよび10バールの高い圧力値でDLR JICF6の火炎形態の性能が評価されています。図11に示すように、シミュレーションでは、さまざまなH2およびCH4混合比と動作圧力について、上流領域での火炎付着の正しい傾向が予測されています。これらは、化学種の拡散と噴流相互作用の解像度での強い関数であることがわかりました。

DLR Jet in Cross-flow

ケース1: 40% H2 | 圧力 = 10バール

DLR Jet in Cross-flow

ケース2: 20% H2 | 圧力 = 10バール

DLR Jet in Cross-flow

ケース3: 40% H2 | 圧力 = 15バール

DLR Jet in Cross-flow

ケース2: 20% H2 | 圧力 = 15バール

図11: 異なる動作圧力における異なる混合比の火炎形状(DLR-JICF)


HYLON火炎

水素-空気火炎は、HYdrogen LOw NOx(HYLON)7デュアルスワール噴射器を使用して広く研究されています。このアセンブリの内部噴射器は、ヘリカル形状の軸方向旋回翼で構成されており、水素を供給します。それに対して、旋回空気流は環状流路から供給されます。図12に、付着火炎(火炎A)と浮き上がり火炎(火炎L)に関する結果を示します。火炎Aは水素噴射器のリップ部に固定されているのに対し、火炎Lは噴射器の上に離れています。動作条件AおよびLに対応する一貫した火炎パターンを得ることは困難です。図に示すように、Fluentでは動作条件の変化に応じて、正しい火炎形状を予測できます。

HYLONバーナーのさまざまな動作条件に対応する火炎A(上)および火炎L(下)

図12: HYLONバーナーのさまざまな動作条件に対応する火炎A(上)および火炎L(下)


KAUSTアンモニア火炎

アンモニア(NH3)は、単独のカーボンフリー燃料の化学種として、そして燃焼システム用の水素キャリアとして重要性を増しています。純粋なNH3の燃焼は、反応性が低く、窒素酸化物が排出される点が課題となります。そのため、燃焼前にNH3をH2とN2に分解する代替方法がよく使用されています。シミュレーションでは、NH3、H2、N2のさまざまな組み合わせ(異なる分解レベルを表す)で発生させたブラッフボディ安定化火炎に対して、KAUST8から提供されている実験データが解析されています。図13に示すように、Fluentでは、より安定した火炎で熱放射が少ないという特徴を持つ、分解比の増加に伴う火炎の伸長など、分解比の増加に伴う主要な火炎特性を予測できます。また、レイノルズ数(Re)が一定に保たれるため、高い運動量流束(噴流/共流)による外部せん断層から噴流に隣接する内部層への燃焼領域の移行に関する解析にもFluentを使用できます。 

分解比の増加に伴う火炎形状の変化(H2-N2比で表現、KAUST火炎)

図13: 分解比の増加に伴う火炎形状の変化(H2-N2比で表現、KAUST火炎)

シミュレーションによる水素の研究開発の加速

今日、水素燃焼はその歴史の中で最も注目されています。世界規模での脱炭素化に向けた取り組みで、水素が大規模に採用されるためには、火炎の安定性、フラッシュバック、NOx排出量など、関連する問題を軽減することが鍵となります。Ansysは、シミュレーションを通じて、お客様がネットゼロ目標を達成するための研究開発を加速できるよう取り組んでおります。

Ansys Fluent流体シミュレーションソフトウェアの詳細については、こちらをご覧ください


参考文献:

  1. International Energy Agency (IEA), Global Hydrogen Review 2022
  2. Verma, I, Yadav, R, Shrivastava, S, & Nakod, P., GT2022- 82583.Proceedings of the ASME Turbo Expo 2022: Turbomachinery Technical Conference and Exposition.Volume 2: Coal, Biomass, Hydrogen, and Alternative Fuels; Controls, Diagnostics, and Instrumentation; Steam Turbine.Rotterdam, Netherlands.June 13–17, 2022.V002T03A012.ASME
  3. Xia, Y, Verma, I, Nakod, P, Yadav, R, Orsino, S, & Li, S., GT2022-80733.Proceedings of the ASME Turbo Expo 2022: Turbomachinery Technical Conference and Exposition.Volume 2: Coal, Biomass, Hydrogen, and Alternative Fuels; Controls, Diagnostics, and Instrumentation; Steam Turbine.Rotterdam, Netherlands.June 13–17, 2022.V002T03A004.ASME
  4. Verma, I, Yadav, R, Ansari, N, Orsino, S, Li, S, & Nakod, P., GT2022- 82601.Proceedings of the ASME Turbo Expo 2022: Turbomachinery Technical Conference and Exposition.Volume 3B: Combustion, Fuels, and Emissions.Rotterdam, Netherlands.
  5. M. Amerighi∗, P. C. Nassini, A. Andreini, S. Orsino, I. Verma, R. Yadav, S. Patil., GT2023-102651.Proceedings of ASME Turbo Expo 2023 Turbomachinery Technical Conference and Exposition GT2023 June 26-30, 2023, Boston, MA
  6. Pankaj Saini, Ianko Chterev, Jhon Pareja, Manfred Aigner & Isaac Boxx, Flow Turbulence Combust 105, 787–806 (2020).
  7. TNF Workshop, International Workshop on Measurement and Computation of Turbulent Flame
  8. Adamu A., Ayman M. E., Jiajun L., Suliman A., Hong G. Im, Bassam D., Combustion and Flame, Volume 258, Part 2, 2023,